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札幌地方裁判所 昭和43年(わ)174号 判決

被告人 福村真雄

昭二〇・八・二七生 学生

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は北海道大学の学生であるところ、昭和四三年一月一八日、一九日の両日にわたり、いずれも北大学生有志の主催により、「ベトナム反戦を市民に訴える」趣旨のもとに、両日とも北大を出て札幌市内の目抜き通りを一巡して北大に帰るという同じ道路を通り、かつ途中大通り西八丁目広場で集会を行なう集団行進等に参加した。右集団行進等に北海道公安委員会が与えた許可には、いずれも交通秩序維持に関する事項として、「だ行進、うず巻行進、かけ足行進、ことさらな停滞、おそ足行進、路上にすわり込む等公衆に迷惑を及ぼすような行為をしないこと。」などの諸条件が付せられていた。しかるに、

1  同月一八日の右集団行進等に参加していた学生約一〇〇名位は、

(イ)  同日午後五時一六分ころから約三分間同市北五条西五丁目交差点付近から北三条西五丁目札幌第一合同庁舎前に至る約一〇〇メートル位の間の路上において「かけ足行進」をしながら車道のほぼ全面に及ぶ「だ行進」をし、(ロ)、さらに同日午後六時二五分ころから約五分間同市北一条西一一丁目付近から北一条西一四丁目交差点に至る路上において「かけ足行進」をしながらセンターラインを越える「だ行進」をしたが、その際被告人はいずれも右集団の先頭付近列外に位置して同集団に対面したりあるいは背を向けて後手にして最前列員の衣服をつかんだり最前列員が隊伍の前に構えた棒を引つぱつたりしながら、笛を吹き、あるいは「エンプラ実力阻止」などと言つて音頭をとるなどして、もつて前記許可条件に違反した集団行進等を指導した、

2  同じく同月一九日の右集団行進等に参加していた学生約七〇名位は

(イ)  同日午後五時四分ころから約三分間同市北五条五丁目交差点付近から北三条西五丁目所在の前記札幌第一合同庁舎前に至る約二〇〇メートル足らずの区間の路上において「かけ足行進」をしながら車道幅一杯にわたる「だ行進」をし、(ロ)、さらに同日午後六時一分ころから約三分間同市北一条西一一丁目付近から北一条西一三丁目所在米国領事館前に至る路上において「かけ足行進」をし、さらに車道一杯に及ぶ「だ行進」をしたが、その際被告人はいずれも右集団の先頭付近列外に位置し、同集団に対面したりあるいは背を向けて後手にして最前列員の衣服をつかんだり、最前列員が隊伍の前に構えた棒を引っぱつたりしながら「エンター帰れ」などと言つて音頭をとるなどして、もつて前記許可条件に違反した集団行進等を指導した、

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人判示1、2の各所為は、いずれも昭和二五年札幌市条例四九号集会・集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本件条例という。)五条、三条一項但書に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により合算した罰金額の範囲内において被告人を罰金三万円に処する。なお、被告人において右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人には負担させない。

(弁護人らの主要な主張に対する判断)

第一、黒木、横路弁護人は、本件札幌市条例はその一条、三条において、集会、集団行進示威運動(以下これらを集団行動という)に対し抽象的基準の下に一般的な事前許可制を設けているのは憲法二一条に違反すると主張する。

本件札幌市条例が、道路その他公共の場所で集会若しくは集団行進を行なおうとするとき、又は場所のいかんを問わず、集団示威運動を行おうとするときは、予め公安委員会の許可をうけなければならないと定め、これらの集団行動を事前に規制しようとするものであることは所論のとおりである。ところで、集団行動に対するこのような事前許可制について、多くの最高裁判決(東京都条例についての昭和三五年七月二〇日大法廷判決、同四一年三月三日第一小法廷判決。)は憲法二一条に違反するとまで言えないことを明らかにしている。もとよりこれらの最高裁判決に対してはこれを疑問とする多くの批判がなされており、これらの批判において指摘されている諸点のなかには、たとえば許可不許可の基準が抽象的すぎ濫用の危険があるのではないか、集団示威運動であれば場所のいかんを問わず事前許可を要するとすることは規制対象を拡大しすぎているのではないか、不当な不許可処分、条件付与あるいは処分の遅延に対し明確・有効な救済規定を設けるべきではないかなど、やはり聴くべきものの存することは否定できない。そのため前記最高裁判決も自ら、条例の運用の如何によつては憲法二一条の保障する表現の自由の保障を侵すに至るかも知れない危険を包蔵していることを指摘しその濫用を戒めている。しかし、条例の規定のうち部分的な個々の規定(たとえば集団示威運動のうち規制対象とされるべきものの範囲など)については、将来右の趣旨に沿つて合理的な範囲に縮少して解釈するなどの余地が残されているとしても、本条例による規制方法の基本的な部分については、これを憲法二一条に違反するとまで言えないとする最高裁判決の結論や判決理論の骨格はごく最近に至るまで一貫して維持され、近い将来変更される余地は到底考えられないのであるから(京都市条例についての昭和四四年一二月二四日大法廷判決参照)、審級制度のもとにある当裁判所としては、条例の制定を必要とする基礎事情、あるいは右の規定が表現の自由に対してもたらす侵害の危険性等の度合いについて最高裁判決当時と異なつたあらたな事情の発生の性格の情況の変化等の認められない現時点においては、前記最高裁判決の趣旨を尊重し、本件条例の規定するような義務づけられた事前許可制がそれ自体合憲か違憲かという一般論についてはこれを違憲でないと判断するのが相当であると考える。

なお、右とは別に、当面審判の対象となつている個々の具体的事件に関して、条例中その適用が直接問題となる規定の一般的運用等が、実質的に見て表現の自由に関する憲法の保障を侵害していると認められるかどうかについての検討を要することはもとよりであり、これについては後に詳述するとおりである。

本件条例の定める事前許可制を一般的に憲法二一条に違反するという所論は採用することができない。

第二  黒木弁護人は、本条例五条は、集団行動が許可条件に違反して行われた場合、その集団行動の主催者、指導者などを処罰することができる旨定めているが、右許可条件自体は、公安委員会が本条例三条一項但書により定めることになつている。これは犯罪構成要件の具体的内容を公安委員会の定める条件によつて補充されるものとしている点で白地刑罰法規である。ところが、条例中に罰則を設けることができるのは、地方自治法二条、一四条の規定に基づきその委任をうけているものであるから、その条例がさらにその罰則の構成要件を公安委員会の定めるところに委ねるのは、罰則の再委任を行なうことであり、これは刑罰法定主義を定めた憲法三一条に違反する旨主張する。

よつて判断するに、

(一)  なるほど本条例五条のうち所論指摘の規定部分は、集団行動が許可条件に違反して行われた場合、その集団行動の主催者、指導者らを罰する旨規定しているが、その条件の具体的内容は本条例中に明示されず、公安委員会が定めることになつている。しかし、公安委員会が右許可条件を定めるについては、自由な裁量は許されていなく、本条例三条一項但書の一ないし六号に列挙されている各事項、(「官公庁の事務の妨害防止に関する事項」、「じう器、きよう器その他の危険物携帯の制限等危害防止に関する事項」、「交通秩序維持に関する事項」、「集会、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項」、「夜間の静ひつ保持に関する事項」、「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」)に関し、必要と認められる限度で条件を定めるものであつて、条例の規定をはなれて独自に犯罪構成要件を定立するというものではなく、条例の規定した右各号の内容を具体的細目化するにすぎず、罰則の再委任というほどの関係にはないこと、

(二)  憲法三一条は、法律によらなければ刑罰を料することができないことを定めているが、これを例えば、行政府の定める政令であつても法律の委任があれば罰則を定めることができることを前提としている憲法七三条六号の規定などと対比して考えると、条例その他の法令であつても、それに罰則を設けることが法律の委任する範囲内と認めることができ、かつ当該法令に罰則を設けることによって人権の保障を不当に侵害するおそれがないと認められる場合には憲法三一条違反の問題は生ずるものでないこと、

(三)  地方自治法二条、一四条によれば、地方公共団体は、当該「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持する」任務に関し必要な条例を制定しかつ罰則を設けることができるとされているから、当該地域における集団行動の規制に関しても、必要な範囲で条例を制定し罰則を定めることができるといわなければならないが、その際、条例中にはじめから集団行動の許可条件を具体的細目にいたるまで規定することは立法技術上不可能でないとしてもきわめて困難であること、むしろ集団行動の許可申請を受理した公安委員会において当該集団行動の人数、規模、実施日時、行進コース及び当該道路交通状況などを斟酌し個別的、具体的に許可条件の内容を定めるとする方が、当該地方公共の秩序を維持する見地からも、また集団行動に対し出来る限りの自由を保障するという見地からも、はるかに合理的であり、条例にこのような形式の罰則を設けることを地方自治法が禁じているとは考えられないし、かつかような立法形式をとることが憲法三一条の目的としている人権の保障を不当に侵害することになるとはいえない。なお地方公共団体の条例は民主的構成をもつ地方議会が制定する自治立法であり、行政権が法令を定める場合におけるよりも、恣意的な罰則を設け人権保障を不当に侵害する虞れも少ないこと、

以上の諸点を考慮すると、本条例のうち所論の指摘する部分をもつて憲法三一条に違反すると認めることはできない。

第三  黒木、大島弁護人は、本条例に基づく集団行動に対する許可条件の付与手続について、道警本部長以下の警察官が大幅に関与する運用が一般的となっている。本件集団示威運動に対する許可条件の付与手続についても同様のことをいうことができ、右許可条件は実質的に公安委員会によつて定められたものではなく、警察官が定めたものということができ、従つて本件集団示威運動に対する許可条件の付与処分は無効であると主張する。

よつて検討するに、証人鉄砲塚瑞彦の当公廷における供述、これに引用された北海道公安委員会昭和二九年七月一日規程第一号「北海道公安委員会運営規程」、昭和三三年四月一日規程第一号「北海道公安委員会の行う許可、認可、その他の行政処分等の代行規程」、証人藤原由次郎の当公廷における供述などによると、北海道公安委員会では、各種条例に基づく許可、認可その他の行政処分に関する事務について前掲「北海道公安委員会の行う許可、認可その他の行政処分等の代行規程」を設け、その一条により、これらの事務のうち「著しく重要又は異例なもの」は公安委員会が直接決裁するが、これを除くその他の事務については、北海道警察本部長をして公安委員会の名において代行処理させることにしていること、本件条例に基づく集団行動の許可申請に関する事務についても、(イ)進路、場所、日時の変更を条件とする許可、(ロ)許可の取消し又は重要な条件の変更、(ハ)不許可、(ニ)公共の安寧を保持するうえに直接危険を加えるおそれがあると認められる重要又は特異なものの許可などは、すべて前記規程にいう「著しく重要又は異例な」事務にあたるものとし、これらについては前記のとおり公安委員会が直接決裁するが、その他は道警本部長をして代行処理させていること、本件集団示威運動に対する許可処分及びこれに対する許可条件の付与処分も、右のとおり本部長が公安委員会の名において代行処理したことが認められる。

そこで本件許可条件付与処分を道警本部長が代行処理したことの適否であるが、集団行動の許可申請に関する事務は国民の表現の自由に影響するところが大であり、これが運用如何によつて憲法二一条に違反する事態をみる虞れがあり、許可条件付与処分といえども十分慎重に扱われるべきものである。しかしながら、

(一)  道公安委員会は、北海道警察を管理する行政機関であり、道警本部長に対する上級機関であること及び公安委員会はその運営に関する必要事項を定めるものとされ、なお公安委員会の庶務は北海道警察において処理するものとされている(警察法三八条、四四条、四五条)から、公安委員会が前記の内部規程に従い、その管掌する事務の一部を道警本部長をして代行処理させることは一般的に適法とみてよいこと、

(二)  前掲証人鉄砲塚瑞彦の供述によると、公安委員会が本件条例に基づく事務のうちの前記の範囲を道警本部長に代行させるといつても、その処理を全面的に委任しているのではなく、処理の結果はすべて毎週開催される公安委員会に報告させるほか、毎月ごとにとりまとめた報告も行なわせて、公安委員会の事後審査をうけさせているというのであるから、公安委員会の責任の下に代行処理させているにすぎないこと、

(三)  公安委員会は、僅か三名の非常勤委員から成るのに対して、その扱う事務量は、本件条例に基づく事務以外のものはもちろんのこと、本件条例に基づく集団行動の許可申請に関する事務のみをとりあげてみても、後記のとおり年間百数十件という多量にのぼること、しかもこれら集団行動の許可申請事務はできるだけ迅速に処理されなければならないものであり、これを全く代行処理させないとなると、とうてい迅速な処理ができないこと、

(四)  本件条例のこれまでの運用に関する限り後記のとおり集団行動に付与される条件の内容は定型化され、本件集団示威運動について付与されたそれも公安委員会においてつねづね報告をうけ承認している内容と殆んど同じものであること、

以上の事実を認めることができ、これによると、本件許可条件の付与処分をもつて実質的に道警本部長以下の警察官によつて行なわれ、公安委員会によつて行なわれたものということができないとか、本件条件付与処分をもつて本件条例の趣旨に反し違法無効であるという所論は採用することができない。

第四  黒木弁護人は、本件集団示威運動について定められた許可条件の内容について、「だ行進」や「かけ足行進」などを禁止しているが、これらの概念は不明確である。「公衆に迷惑をおよぼすような行為をしないこと」という文言も不明確であいまいである。また「かけ足行進」「だ行進」「おそ足行進」などを禁止する実質的な理由があるとは思われない。その他本件条件中には多くの無効部分があり、要するに本件許可条件は、憲法三一条に違反し、かつかように多数の無効条件を設けることによつて本件集団示威運動の参加者を圧迫しようとするもので、この意味で憲法二一条に違反すると主張する。

本件集団示威運動に付せられた許可条件の内容は別紙記載のとおりである。「かけ足行進」や「だ行進」を禁止すべき実質的理由であるが、本件各証拠によると、本件集団示威運動のコースとされた道路は札幌市内における幹線道路であり、バス路線が集中し、人車の交通量の甚だ多いところであり、そこにおける交通の流れに支障が生じた場合、直ちにこれに連なる主要国道上の交通に著しい混乱と渋滞を招く虞れがある。また、このような道路交通事情の下において、集団による「かけ足行進」や「だ行進」を行なうならば、集団のメンバーが前方あるいは側方を通行する人車その他に接触する危険があり、ことに「かけ足行進」を許すならば交差点など一時停止すべき場合に遭遇しても周囲の交通状況に対応した臨機の措置、行動をとることが困難である。また「かけ足行進」「だ行進」を行なうことにより集団内で混乱、転倒する場合もあり、参加者および一般通行者の身体、生命の危険、交通の阻害などを生ずる虞れがあり、これらを防止するため「かけ足行進」「だ行進」を禁止するには必要かつ合理的な制約であるといわなければならない(なお所論は、「おそ足行進」について禁止すべき理由が不明であるというが、「おそ足行進」については本件審判の対象とされていないので、詳しく論ずべき限りではないが、前記の道路交通事情を考慮すると、本件で定められたその他の条項、「ことさらな停滞」や「路上のすわり込み」の禁止などとともに、交通の円滑な流れを不必要に阻害する虞れがあるものである)。

次ぎに所論は、「かけ足行進」、「だ行進」などの概念が不明確であるというが、「かけ足行進」や、「だ行進」が何を意味するかは常識上明らかでありとくに説明する必要はないであろう。所論は「その他公衆に迷惑を及ぼすような行為」という用語も不明確であるというが、これは、同じ条項に例示されている「だ行進」「うず巻行進」ヽヽヽ「路上にすわり込む」などと同様に、道路の大部分を占拠して交通を遮断し又は道路に停滞し交通の円滑な流れを妨害する行為、たとえば、いわゆる「フランスデモ」などをも含む趣旨をあらわすものである。

なお以上にふれた「だ行進」などであつても、その程度が公衆に迷惑を及ぼす程度、規模に達しない極めて軽度のものまでも含める趣旨でないことをも明らかにしている趣旨と理解できる。本件条件中の用語に不明確であいまいなものがあり憲法三一条に違反するという所論は理由がない。なお弁護人は、本件集団示威運動に対して数多くの無効な条件をつけ、これによつて本件集団行動参加者を心理的に圧迫し又は現場警察官の条件規制を通じて集団行動を不当に拘束しようとしているが、これは憲法二一条に違反するというが、本件に付さたその他の条件をみても格別無効とすべき条件はなく、また平穏で秩序ある集団行動を通じて行なう表現の自由を不当に圧迫する内容の条件も存在しない。本件で起訴されている許可条件は、本件五個の条件のうち最も中心的な内容をなしているものについてであり、本件において、許可に際しておびただしい条件をつけることによつて集団参加者を心理的に圧迫しておきながら起訴するにあたつては、右許可条件のうち異論のないものだけをとり出して起訴状に掲げてきたというような脱法的な事情も認められない。憲法二一条違反をいう所論も採用することができない。

第五  黒木、横路弁護人は、本件条例の一般的な運用をみると、集団行為に対し一般的許可制をとるのと同様の状態を示している。すなわち集団行動に条件を付するのは例外的でなければならないのに原則的に条件を付し、かつ集団行動の目的や主催団体、人数などに関する特殊性を考慮せず、画一的機械的に定型的な条件を付し、かつ取締の便宜のためできるだけ多くの条件を付し、集団行動一般を抑圧している。また本条例は反体制、反政府的思想の表現のみを抑圧する機能を果しており、これらの点において憲法一四条、一九条、二一条に違反していると主張する。

ところで弁護人らのいう本件条例の一般的運用が憲法に違反しているという主張は、そのことから直ちに本件条例自体が憲法に違反するというのか、またはたんに本件起訴の対象とされている集団示威運動に対する具体的な許可処分又は許可付与処分などが特定の憲法の規定に違反することを立証せんための補助事実として主張するにすぎないのか、必ずしも明らかでないが、本件に現われた各証拠とくに当裁判所からの照会に対する北海道公安委員会の回答書によると、本件条例に基づく集団行動の許可、不許可、及び許可条件の付与などに関する一般運用が所論のいうように憲法二一条の規定の趣旨に違反するような実態を示しているという事実は認めることができない。すなわち本件条例に基づく集団行動などの許可申請総件数は、昭和四一年には一八九件、同四二年には一七七件(このうち本件と同じ道路における集団示威運動は昭和四一年には一三一件、同四二年には一四七件)に及んでいるが、これらはすべて許可されている。本件条例三条一項のうち「集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」に不許可となしうるとの規定については、批判のあるところであり、当裁判所もその運用如何につき深い関心を寄せるものであるが、右規定に基づいて集団行動などの申請が不許可にされた事例は全く見あたらない。ただし右申請件数のうち申請したコースにつき部分的な変更を加えられた案件があるが、それは右二年間に僅か二件あるだけであり(一件については申請コースのうち一〇〇米、他一件については五〇〇米の範囲について変更が行なわれた)、右変更処分の当否は本件において審査する限りではないが、かりに不当であつたとしても、この程度の件数であるならば、これを個別的な司法上の救済手続に任せて然るべきであろう。右両年中に付与された許可の内容は、「だ行進、うず巻行進、かけ足行進、ことさらな停滞、おそ足行進、路上にすわりこむ等公衆に迷惑を及ぼすような行為をしないこと。」「旗ざお等を利用して隊ごを組まないこと。」という条件を主とし、これにつぐものとしては「隊列は三列縦隊以内として行進すること」(昭和四一年中、前記一三一件のうち四一件に、昭和四二年中、前記一四七件のうち一八件に、付与)と「隊列は四列縦隊以内とすること」(昭和四一年中、前記一三一件のうち二三件、昭和四二年中前記一四七件のうち一一七件)であり、そのほかには「官公庁の執務に著しい迷惑をかけるような騒音を発し又はけん騒にわたる様な行為をしないこと」(昭和四二年中、前記一四七件のうち七件)、「車両の通行は一列行進とし、みだりに徐行、停滞するなどの他の交通の妨害となる様な行為をしないこと」(同七件)という条件が付与されている(なお以上の条件がつけられた場合には、多く「主催者又は現場責任者は前各号の条件を行進出発前に直接参加者全員に対してこれをくり返えし放送する等の方法により周知、徹底させること」との注意的条件が付せられている)ことが認められる。所論は集団行動に対して許可条件を付するのは例外的でなければならないのに原則的にこれを付与しているのは不当であるというが、右にみた許可条件はすべて道路上における集団行動について付与されたものであり、さきに見たような札幌市内における現今の道路交通事情を考慮し、かつ憲法の保障する平穏にして秩序ある集団行動を前提とする限り、右のような条件を付することはやむをえないところであり、これをもつて表現の自由を不当に抑圧しているとはいえない。所論は条件の内容が定型化している点を非難するが、定型化しているのは道路交通の状況が多くの場合同様であつたことに由来しているものと解される。所論は、取締の便宜を考慮しできるだけ多くの条件を付しているというが、右にみたとおり、この点の主張も採用することができない。かつて東京地方裁判所は、東京都公安委員会が付与した集団行動に対する許可条件について、その条件が必要な限度をこえ、おびただしく多数(二十数個)であつたことを指摘し、その全部の条件を現実において完全に遵守された集団行動は一体あるであろうか、右条件を許容するかぎり、すべて集団示威運動の主催者、指導者、煽動者は刑罰を科せられても止むをえない危険な事態にさらされているとの結論に達せざるをえないとし、平穏で秩序ある集団行動を前提とする見地からしても右東京都公安委員会の付与した許可条件付与処分は違法であると断ぜられるをえないと判示しているが、本件札幌市条例に基づく集団行動に対する許可条件付与処分の一般的運用について、かかる濫用の事態をみることができなかつたのは幸いなことである。また許可申請の時間的制限に関する取扱いをみると、昭和四一年、四二年の両年において、集団行動などの実施前七二時間の制限(本条例第二条参照)を二四時間以内遅延した許可申請が合計二四件、二四時間をこえ四八時間以内遅延したもの合計二九件、四八時間をこえ七二時間以内遅延したもの(すなわち実施日時の殆んど直前ころ申請したもの)合計二四件あるが、これらの申請もすべて許可されている。本件条例に基づく集団行動などの許否に関する運用が、憲法二一条の趣旨に反し、集団行動を通じて行なう表現の自由に対し、実質的許可制をとるのと同様の実態を示しているという所論は、本件で提出された証拠をみる限りあたらないところである。なお所論のうち、本件条例が政治的思想の表現、とくに反政府的な思想、言論を抑圧するためにのみ運用されているという点については、右のように集団行動の許可申請はすべて許可されていること、それに付与された条件の内容もほとんど「交通秩序維持に関する事項」についての必要最少限度の条件ばかりであることにかんがみ、所論のように反政府的な思想、言論を抑圧するためにのみ運用されているとの事実も認めることができない。憲法一四条、一九条違反等をいう所論も理由がない。

第六  最後に集団行動の限界についての当裁判所の綜括的な見解を述べる。

代議制民主政治を基本とするわが国憲法の下で集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由はもつとも基本的な権利である。国民はたんに選挙の機会にその政治的意思を表明しうるだけでなく、日常生起する政治的社会的諸問題に関し、不断に自己の信条や主張を表現しこれを国民輿論の形成のうえに反映させる権利を有する。ことに出版、放送などの表現手段に関する資本の集中化のゆえにマス、メデイアを利用しえない多くの市民にとつては、集団をもつて公園、道路などに進出して一般市民に対し直接自己の主張、信条を訴える外ないものであり、集団行動による表現の自由の保障は切実な意義をもつものである。しかしその自由も絶対的なものでありうるはずはなく、とくに道路における集団行動は、その同じ場所を利用する一般市民の交通上の利便を不当に侵害したり又は付近住民の平穏な生活を不当にかく乱するものであつてはならない。集団示威行進は「動く公共集会」といわれるが、それが主義、主張を異にする多数の市民の通行する道路上において混乱と渋滞を惹起する状態で行なわれることに対しても、寛容でなければならないという法秩序はとうてい存在するものではない。被告人を含む多くの若者らが、新鮮な感覚と純真な心情をもつて現代社会と対決し、様々な形で存在する矛盾、不合理を発見し又は発見しえたと信ずる余り、熱情にかられて集団行動に出て、ときに理性を失い過激な行動に走る気持は理解しえないではない。しかし憲法の保障が与えられるのは平穏で秩序ある集団行動に限られる。またそのような方法で行なわれてこそ一般市民に対する説得力をもちうるのではないであろうか。集団行動が表現行為と認められるのは、たとえていえばラッシュアワーの人混みに近づき平穏な方法によつて人々に呼びかけるための行為をするのが限度であつて、少なくともラッシュ時における人の流れを実力で押し止めるような行為までも憲法の保障する表現行為と認めることはできない。法と秩序を乱すような過激で暴力的な表現の方法は厳に禁止されるべきものである。

弁護人らの主張はすべて採用することができない。

別紙(一)

許可条件(判示1および2の双方に共通)

1 隊列は三列縦隊以内として行進すること。

2 集団示威行進の実施に際して他の申請に係る梯団と行進路線が競合する場合は現場警察官の指示に従うとともに競合する梯団と併進し、または追越しをしないこと。

3 だ行進、うず巻行進、かけ足行進、ことさらな停滞おそ足行進、路上にすわりこむ等公衆に迷惑を及ぼすような行為をしないこと。

4 旗ざお等を利用して隊ごを組まないこと。

5 主催者または現場責任者は前各号の条件を行進出発前に直接参加者全員に対してこれを繰返し放送するなどの方法により周知、徹底させること。 以上

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